生まれ:1793年12月21日 死去:1833年6月8日
ロマン主義時代のウクライナ出身にしてロシア帝国で活躍した作家、ジャーナリスト。主にロシア語で著述した。出版物『文芸新聞』、『ウクライナ・ヘラルド』の編集者。ウィリアム・シェイクスピア作品の研究者。ロシア帝国における専門的な文芸批評の創始者の一人であり、作家ニコライ・ゴーゴリの形成に多大な影響を与えた。
オレスト・ソモフは現在のウクライナハルキウ州のヴォルチャンスクという小さな町で貴族の家に生まれた。初期教育を自宅で受け、その後私立の寄宿学校で学び、1810年からはハルキウ大学に進学。詩人および作家として、風刺とユーモアの文芸雑誌『ハルキウのデモクリトス』やハルキウ大学教授らを中心人物として刊行された『ウクライナ・ヘラルド』でデビューした。
1817年にサンクトペテルブルクに移住した後もこれらの雑誌との関係を絶たず、『ウクライナ・ヘラルド』に「首都からのウクライナ人の手紙」を掲載した。
ソモフの創作活動はウクライナと密接に関連しており、愛国的かつ風刺的なモチーフで詩を書いた。他のウクライナの活動家たちと共に、サンクトペテルブルクに自由文学愛好者協会を設立したヴァシリー・カラージンを支持し、同協会の会員となり、その雑誌『競争者』に協力した。そこでは特に「小ロシア解放者ボフダン・フメリニツキーの歌」を掲載している。
ウクライナの民話や伝説を題材にした小説を執筆した。『ハイダマク』や『ルサルカ』などの作品で知られ、ポルフィーリー・バイスキーというペンネームで発表された。これらの作品群はニコライ・ゴーゴリに影響を与えたと言われ、その先駆者の一人とみなされている。しかし間もなく、ソモフ自身もゴーゴリに影響を受けるようになった。